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Selfishly

Selfishly

白昼夢 p1


~ 白昼夢 ~p1

『夢だけでは生きていけない。
   が、夢が無くては息をする事も出来はしない』



「君が・・・」
低く苦く、引き絞られたような声で呟かれた言葉が相手から発せられた瞬間、
エドワードは、自分が境界線を越えてしまった事を悟った時だった。

 ***

その日は、朝から振り出していた雨が夕刻の頃には本降りとなり、
夜には災害にまで及ぶ勢いとなっていた。
各地区で起こる事故の処理にと借り出される兵士には悪いと思いつつ、
慌しい司令部内に自身もずぶ濡れになりながら、シャワー室へと足を運ぶ。

「混んでんなぁ・・・」
泥だらけの男達が皆、疲れた顔をして立ち並んでいるのを見ると、
そこに余分な人間が混ざるのも申し訳ないような気になる。
ボトボトと雨を滴らせながら、その有様を茫然と眺めていると、
居並ぶ兵士の中から顔見知りのハボックが声をかけてくる。
「よぉ、大将! なんだお前もずぶ濡れか?」
トレードマークのタバコも、今は咥えられないのか、咥えるタバコまで濡れてしまったのか、
いつでも陽気な青年が、顔も泥だらけの状態で朗らかに笑っている。
「うん・・・、まぁ俺は図書館帰りで濡れただけだけどさ。
 皆、大変みたいだな」
申しわけ無さそうな表情で、居並ぶ男たちを見る。
「ああ、この大雨だろ? あっちこっちで増水しちまってて、補強するのに
 借り出されたってわけだ。まぁ、それも一段落したから、一休みと様子見がてら
 戻ってきたんだがな」
予報では深夜には小雨に変わると言われてはいるが、彼らはこのまま当直にあたるのだろう。
間の悪いときに飛び込んでしまった自分を悔いながら、躊躇っていると。
「大将もシャワーか?」
「う・・、うん。ちょっと借りれればと思って寄ったんだけど・・さ」
「っても、この人数じゃな・・・。
 そうだ! 大将、左官用に行って来いよ」
「左官用?」
「おう! 司令室の階に有るだろ?
 あそこなら、ここじゃ大佐位しか使う人がいないから、直ぐに使えるぜ」
ハボックにそう言われて記憶を辿ると、そんな物があったよう気がした。
普段、司令部でシャワーなど使わないせいで、気にも留めていなかったのだが。

どうしようかと躊躇っている間にも、第2陣のグループがドヤドヤと帰り着いてくる。
「そっちはどうだった?」
「おう、まぁ何とかだな。この後の雨の量にもよるがな。
 全く・・・普段から、あそこの地区は危ないって大佐が言ってたのに、
 予算を回さないお偉い方のせいで苦労させられるぜ」
「ああ、でも今回の件でちっとは考え直すんじゃないか?」
「だと、いいんだがな」
状況を交換し合う間にも、ハボックが気にかけて再度声をかけてくる。
「大将、そのまんまじゃ風邪引くぜ。
 いいから、行って来いって。俺らは頑丈に出来てるから気にすんな」
そのハボックの言葉に、人込みに埋もれていたエドワードに気づいたブレダが、
ハボックの言葉を察して頷く。
「ん? おう、エドか。
 子供が我慢することはない。上の階のなら、シャワーもベットも空いてるしな。
 今日は危ないから泊まって様子を見たほうがいいぞ」
行って来いと言うように背中を軽く叩かれれば、エドワードの止まっていた足も動き出す。
「ん、ごめん。ちょっと、借りてくる」
「おう、ちゃんと温もってこいよ。
 腹が減ったら、今日は食堂も遅くまで空いてるから食べに来い」
その気遣いに軽く礼を告げながら、通いなれた廊下を歩いていく。
彼らの気遣いには申し訳ないと思う反面、ありがたいとも思う。
冬の時期に冷えると、はっきり言ってかなり堪える。
右腕、左足の機械鎧は便利なのだが、熱吸収が速く、冷えるのも速い。
今もジンジンとした痺れを伴う寒さを伝えてきているからだ。
煌々と電灯の光が漏れている司令室を通り越すと、人通りも途絶えた場所になる。
この奥には、左官用のシャワーや仮眠室が設置されているようだが、
最初に東方司令部を案内されて以来、足を踏み込んだことはない。
そして、使う人間もここでは限られている。
躊躇いながらそっと扉を開けると、中は暗闇と静けさが漂っている。
それにホッとしながら、足を踏み込めば、僅かながら熱気と湿気があるから、
入れ替わりに使っていた者がいることを知る。
その相手を想像すると、エドワードの胸の奥でツキリとした痛みが通り過ぎる。
その痛みを振り払うように、濡れて重くなった服を脱ぎ去り、
シャワーブースに駆け込んで、勢いよくシャワーを捻る。
身も竦むような水の後、シャワーは段々と温かな湯に変わり冷えたエドワードの身体を
温めていく。
ホォーと安堵の吐息を吐き出して、温かな湯を浴びていると
先ほどまで消し去ろうとしていた想いが浮かび上がってくる。

ロイとエドワードは常に境界線上に立っている。
何の?と問われれば、『互いを思い合う』と言われる感情だ。
別段、口に出して確認した事ではない。
ただ・・・。
ふとした沈黙の時の視線や、言葉尻に紛れ込ました感情が零れ落ちるのを感じ。。
何気ない瞬間に視線を感じると、その先には相手が居たり。
そんな時に、ロイが自分に向けている感情を察らされる。
そして。
彷徨う自分の視線が、相手を見つけられるとピタリと止まる瞬間。
流れる思考が、1つの事柄に還る時。
そんな時は、自分が抱く感情に気づかされるのだ。
そして、互いにそれぞれが抱く思いには気づいてはいる。
そう・・・、気づいてはいるが、それだけだ。
最初にその事に気づいた時のエドワードの驚きと衝撃。
まさか・・・と何度も考え直して否定もしてみた。
そんな都合の良い事が、そうそう有るわけがないと。
が、絡み合う視線や気配が深さを強める度に、それは確信へと変わっていく。
そして、それを相手が知った時の瞬間が、忘れられない。
一体、何の話をしていた時だったのだろう。
その背景は忘れてしまっているのに、その時に見せたロイの反応だけは
克明に記憶に刻まれている。
ロイがエドワードの心の奥の感情に気づいた時。
1番最初の反応は、エドワードと同様に『まさか』という驚きだった。
そして次いで、喜びの表情だった気がする。
が、それは本の僅かな時で、次に取って代わった表情は、諦めだった。
それにはエドワードも同意できる。
だって、どうしようもないだろう。
同性で、歳も、立場も全く違う。
自分たちには、譲れない目的があって、大切に思うものも違う。
互いに惹かれあっている事が判ったからと言って、どうなるものでもなければ、
どうにかしようとも思わない。
このまま、そうこのまま。時が消し去るのを願うしかないのだから。

互いに両者の持つ思いに気づいてからは、更に慎重に付き合うようになった。
からかいや、軽口。皮肉や嫌味を投げかけ合いながら、本音をオブラートに包む。
そんなギリギリの境界線を見定めながら、自分たちは割りと上手く過ごしてきていた。
そのまま時が過ぎ去って行くのだと思ってもいた。

そう、自分が限界を見誤りさえしなければ。

人が人を想う感情の深さと強さは、恐ろしいほどの速さで育つものなのだと気づいたのは
それから少し後になる。



シャワーを浴び終えて廊下に出ると、窓からはまだ降り続く雨が硝子を叩いている。
「アルに電話しておくか・・・」
帰る事を諦めて、宿で待つ弟に連絡しようと司令室へと歩いていく。
拭き切れない髪の雫を備え付けのタオルで拭き、上着は手に引っ掛けたままで
シャツを簡単に羽織っただけの姿が窓に映っている。
身なりに厳しい人間がいれば、だらしないと叱られそうな格好だが、
ここではそういうことに余り拘る者もいないから、気が楽でもある。
明かりの点いた部屋の扉を、声をかけながら開ける。
「ごめーん、ちょっと電話貸してー」
ガチャリと開ければ、拍子抜けしたことに誰も居なかった。
まだ、シャワー室に居るのか、それとも食堂にでも行ってるのだろうか。
そんな事を考えていると、思い出したように自分の腹も鳴声を上げる。
「腹減った~。俺も食いに行くか・・・」
そんな呟きを零しながら、電話に手を伸ばすと、背後からかけられた声に
思わず飛び上がりそうになる。
「何だ、君か。食事もまだだったのか?」
驚いて振り向いた先には、こちらもやはりシャワー上がりなのか、
湿った髪に、上着を羽織っただけのロイが立っていた。
「あ・・うん。図書館追い出されてさ、こっちのが近かったから
 ちょっと雨宿りのつもりだったんだけどさ」
「成る程、この雨じゃな。今日は泊まって行く方がいいだろう」
「うん、悪い。で、アルに連絡取りたいんで、電話貸して貰えるか?」
「どうぞ」
先ほど持ち上げようとしていた電話を視線で指し促してくる。
人に見られている状態での電話は緊張する。
エドワードはその緊張を誤魔化すように、回線が繋がるまでの時間を、
首に掛けていたタオルで髪を拭きながら待つ。
数回のコールの間が、妙に長く感じられるのは、ロイの視線に曝されているせいだろうか。
待ち望んでいた相手が出てきた時には、ホッとした気持ちが胸の中で広がった。
「おう、アルか?」
『うん、兄さん、大丈夫?』
相手も心配していたのだろう、真っ先にエドワードの様子を窺ってくる。
「ああ、別にこっちは何もないけど、この雨だろ?
 今、司令部でシャワー使わせて貰ってたとこ」
『そうなんだ、安心したよ。
 今晩は結構冷えるから、雨に濡れてたらどうしようかと思ってたんだ』
水が大敵なのは、エドワードよりもアルフォンスの方だ。
今朝も一緒に出ると言った弟を宿に残したのは、その所為だ。
弟と会話をして行くうちに、エドワードの緊張感も解れて、
傍に佇むロイの存在も気にならなくなっていく。

そう、じっと自分を見つめる男の瞳に闇い翳りが刻一刻と暗さを増していることにも
気づかずに・・・。


『まずいな・・・』
頭の片隅で小さな唸りのような警報が上がる。
朝からの非常体勢の緊張感が途切れ、一息を付いた処に現われたエドワードの存在に、
高揚してる神経と、疲労感が精神状態を不安定にしている。
今も、無防備に素肌を曝し、白い項を見せる彼の姿から目を離せない。
ほんのりと全体が紅く染まっているのは、シャワーを浴びてきた為だろうが、
それはロイに、違う妄想を抱かせてくる。
そう・・・、毎夜夢に現われる、違う時の彼を・・・。
ロイは首を振り、自分の頭に浮かんだ残像をかき消す。
ーーー 誓ったはずだ・・・。
    願わないと、夢見ないと・・・---
互いの思いを察してから、ロイは自分に固く念じていた事。
思いは思いだけで、決してその先を願わないし、欲してはならないと。

願ってもどうしようもない事もある。
自分たち二人の間に横たわる事柄を考えてみれば、成就することが
如何に難しいかが解ってくる。
興味本位や割り切って出来る範囲なら、笑って許されるかもしれない。
が、それをするには、ロイの気持ちが傾きすぎている相手だし、
そんな性分の相手でもない。
なら、願わないようにと決めていなければ、自分の道を踏み外してしまいかねない。
エドワードという存在は、ロイの中ではそれ程の存在を示しているのだ。
早く飛び立って行って欲しいと願う反面、いつまでも自分の手元に居て欲しいという真逆の願いは、
せめぎあう様にしてロイの中で、おのおのを主張し合う。
数年に渡る攻防戦は、いつまでも平行線を辿っていて、一向に決着をみないままだ。
内心の疲弊を吐露するように嘆息を吐けば、丁度電話が終わったエドワードが
心配そうに様子を窺ってくる視線にぶつかる。
「大丈夫か・・・?」
「ああ、対した事はないさ。大体の所は、無事に終わったからね。
 後はこのまま、何事も起きないのを願って待つばかりだ」
そんな風に返しながら、彼の気が自分だけに向けられている心地の良さに驚く。
常に弟や周囲に誰かがいる状況で居たから、気づかなかった。
否、気づかないようにしていた。
弟を1番にしている彼に、自分が割り込むような隙間はない。
だから、今のように誰も居ない空間なら、少しくらいは自分の入る隙間も作って貰えるのだと思うと、
無性にその時間が惜しくなる。
互いに用心深く過ごしてきたから、そうそうこんな偶然は起こらないだろう。
そんな思いが、ロイの心に未練を生み、この時間を引き止めるような言葉を
発せさせてしまう。

「連絡は終わったんだな?」
そう確認してくる相手に、エドワードは深く考えずに返答を返す。
「ああ、この雨ん中帰るよりは泊めて貰えってさ」
「そうか。腹が空いているようだったが、食べていくといい」
そう声をかけながら執務室に入るように促すロイに、エドワードは小さく首を傾げる。
「うん、食事は食べさせて貰うつもりだけど?」
不思議そうにしているエドワードに、ロイが種明かしのように説明する。
「丁度、夕飯が届いていてね。
 どうやら夜食も込みの算段なのか、多すぎるんだ。
 半分、君が助けてくれると嬉しいんだが」
開けられた扉から中を覗きこむと、ロイが言うだけはある量の食事が
ロウテーブルの上に、所狭しと並べられている。
「えらい量だな」
驚いたように上げられた言葉に、ロイも全くと言うように肩を竦める。
「これだけ用意してれば、部屋からは出ないだろうと思われてるんだろ」
「と言う事は」
察しのいいエドワードらしく、ロイの言葉からこの後の彼の行動を計ってくる。
「ああ、部下が待機中なのに上司だけがさっさと帰るわけにも行くまい?
 ついでに宿直番もしておくかと思ってね」
ロイも現場確認等には出ただろうが、力仕事は大佐のような役職の人間がすることではない。
先ほど、ズラリと並んでいたメンバーの様子を思い出して、
彼らの代わりに大佐が言い出したのだろう。
踏ん反り返るだけの上が多い中で、この男のように部下の仕事を肩代わりする人間は
珍しい。そんな気遣いの良さも、部下に慕われている要因の1つだろう。
「じゃ、じゃあ、貰うのは悪いよ。
 これから朝までだろ? 大佐が食べた方が」
珍しいエドワードの謙虚な様子に、ロイはくすりと笑って茶化すように返してくる。
「この量をかい? そんな事をしたら、明日から中尉に体力保持とか言われて
 ダイエットをさせられるさ。それでなくとも、軍の食堂のメニューはカロリーが
 高いものばかりなのに」
遠慮は無用だと言うように、並べられている皿の1つを差し出してくれば、
身体は正直で、クゥーと強請り声を上げてくる。
慌てて腹を押さえ真っ赤な顔をしているエドワードをからかうこともなく、
ロイが「どうぞ」と再度促してくると、妙な意地を張る事もないかと
エドワードもソファーに腰をかけて、ご相伴に預ることにする。

二人っきりの時間を喜んでいたのは、何もロイだけではなくエドワードも
同様だったのかも知れない。
どれだけ頭では割り切っていたつもりでも、振って湧いた喜びが嬉しくないはずもない。
ぎこちなく始まった食事も、半場に差し掛かる頃になると緊張も解け、
いつもの軽口を挟んでの楽しいものになる。
それも少しだけ、いつもの口調よりも相手を・・・相手だけを意識した口調になってしまうのは、
無意識下のことだ。

「んじゃあ、帰っても食事もしないんだ?」
「まぁ皆、同じじゃないのか。大抵の者は帰るまでに食事を済ませて帰るか、
 適当な物を買い込んで帰るかだろうな。
 食事を作るにしても、いつ帰れるかも判らない状態では、おちおち食材も
 買い置きしておくことも出来ないからな」
「うわぁー、不健康ー!
 軍人って、身体が資本とか言ってる割には、あんま健康的な生活できないのな」
「まぁ、そうだろうね。
 だが君も同様だろう。旅ばかりの生活では健康的とは行かないだろうに」
「そりゃそうだ。けど俺はまだマシだぜ? 少なくとも長期滞在の時には
 ちゃんと自炊してるしな」
「君が? アルフォンス君がじゃなくてかね」

食事を終わったにも関わらず、どちらからもこの時間を終わらせようとはしない。
他愛無い話を延々と続けながら、もう少しもう少しと時間を引き延ばしているようだった。
一頻りエドワードの手料理の話で盛り上がり、ふと窓から見える景色に
どちらともなく視線を向ける。
「止みそうにないな」
「うん、夜半には小降りになるって言ってたらしいけど」
帰り間際に司書に告げられた言葉を思い出す。
が、雨脚は依然弱まっているようには感じられない上に、気のせいでなければ
遠くから雷鳴が鳴り始めているようだ。
「じゃあ、そろそろ俺、寝るわ・・」
途端に生まれた間に、エドワードはそう言葉を告げる。
「ああ、そうだな。子供に夜更かしは禁物だ」
そう互いに言う割には、エドワードは腰を上げようとしないし、
ロイも促すような素振りも見せない。
そんな妙な間を消したくて、エドワードはわざと明るい口調で先ほどの話の続きを返す。
「でも、でもさ、やっぱさっき聞いた話を思えば、軍人になんかなるもんじゃないな。
 俺は普通の民間人でいいぜ」
そのエドワードの言葉に、ロイは少しだけ笑って「本当だ」と言った後。
「君には・・・。
 君には、普通の幸せな生活を掴んで欲しい。私はそう願っているよ」
何気ない言葉には、痛切な祈りが籠められている。
彼は心底、エドワードの未来の幸せを願ってくれているのだろう。
「な、なんだよそれって・・・。
 まるであんたは幸せになれないって、言ってるみたいだろ・・・」
そんな事は願ってはいない。エドワードだって、ロイには幸せになって欲しいと思っている。
思っているからこそ、自分の気持ちを押し殺してまで我慢しているのだ。
「私が? 私は幸せなぞ別に願ってはいないさ。
 私の分は君に上げよう。その分も、君は幸せにならなくてはいけないな」
そう告げて哂った笑みは、自嘲が深く刻まれていて、聞いているエドワードには辛すぎる。
「そ、そんなのおかしいだろ? あんたの分の幸せを貰ったからって、
 俺だけが幸せになるなんて。
 あんただって、綺麗なお、奥さん貰ってさ、子供も生まれれば
 ヒューズ中佐みたいに、幸せになれるんだぜ?」
「私が?」
「そうだよ。いつかはあんたにぴったりの人が現われるって。
 で、あんたもその人を、あ、愛するようになってさ。
 きっと幸せになれる、間違いないよ」
自分の気持ちは殺しても、だからと言って相手の不幸を望んでいるわけではないのだ。
そんな気持ちが、エドワードを必死にさせる。
エドワードが必死になって告げる毎に、ロイの感情がささくれ立って行く事も判らず。
「・・・もういいから」
不機嫌そうに止められても尚、エドワードは言葉を継いで行く。
「そうしたら家で飯だって食べれるようになるさ。
 帰ればお帰りって言って貰って、部屋暖かくしてくれててさ。
 いつでもあんたの帰りを待ってくれている、そんな人が・・・」
「もういい! 止せと言ってるだろ!」
ダンと音がするほどの勢いでローテーブルに両手を付き、ロイは立ちあがる。
立ち上がったその足で、執務デスクの後ろに回り込んだロイは、無言で窓の外を睨んで、
激情が表面に出そうになるのを必死で押さえ込む。
数度深く息を吐き出すと、怒りを耐えた声で告げる。
「もういいから・・・。君は寝に行きなさい」
「大佐・・・」
エドワードは茫然としたまま座り込んでいた。
いや、立ちあがる気力がなかっただけかもしれない。
自分とて、そんな事を言いたかったわけじゃない。
何処の世界に、自分の好きな相手にあんな事を告げたいと思う者がいるものか。
が、そうであってくれなくては・・・、そうして彼にも幸せになってもらわなくては、
押さえ込んで、消し去ろうとしている自分の気持ちが、余りにも可哀想だ。
どうして? どうして自分では駄目なのか。
そんな事は何百回考えても、どうにもならない事なのだから。
男同士で、歳もうんと違ってて、自分は未熟な餓鬼で、
ロイを待つ家も、子供も作ってやれない。
それどころか、悲願を叶える為には自分の命さえままならない、そんな自分に。
一体、何が出来ると言うのだろうか・・・。
だから幸せになって欲しいと、未来を夢見れる相手を見つけて欲しいと
そう願うことのどこが悪いと言うのか。

この時のエドワードには、自分の感情に耐える事に一杯一杯で、
相手の思いの深さを測ることなど出来ていなかったのだ。
もう少しだけ、エドワードが大人になっていて、恋と言うものを理解していれば。
ロイの立場を正確に図り切れていたならば、そんな残酷な言葉を
相手には投げつけたりしていなかった筈だ。
歳若いエドワードと違って、社会を知り、分別も弁え、自身の夢や野望もある人間が
それらを全て解っていて尚、相手を恋い慕うと言う思いの強さ、深さを。
愛は相手と育んでいくものだが、恋は独りでも暴走する。
互いを恋い慕う気持ちの勢いも、同じ速さで進行しているわけではないのだ。

が、そんな恋愛の奥深いこと等、恋愛経験もない子供に見切れるはずもない。
今のエドワードは、我慢し続けた代償を裏切るロイの態度に、苛立ちををぶつけるような事位しか
出来ない、そんなまだまだ幼い子供なのだ。

「な・・んだよ。あんたなんか、いっつも女はべらしててさ。
 とっかえひっかえしてんじゃないか!
 
 俺がどんだけ我慢していても、どうせあんたなんかその間に、
 すぐに違う女見つけて、さっさと忘れて行くんだろ!
 そうなりゃ、俺の事だって、一時の気の迷いで終わるんじゃないか!!」
口を突いて飛び出した言葉は、もう戻すことも出来ない。
エドワードは、はっとしたように口を押さえるが、言ってしまった後ではどうすることも出来ない。
自分の失態に気づいたのは、無言で立ち尽くしていたロイの気配が変わったのを
ゾクリと震えが走るような感覚と同時だった。
ゆらりと揺れたと思ったロイの陰が、自分を見ている。
射殺されそうな瞳には、愛憎が同等の強さで宿っている。
「君が・・・」
耐えて、耐えて、それでも零れたように言われた声は、低くしわがれ、
怨嗟に彩られている。
「君が・・・、それを私に言うのか・・・?」
ゾッとする気迫に押されながら、エドワードは弱弱しく首を横に振り続ける。

ーーー 違う  違う! そんな事を本当は思ってるわけじゃない ---
本当は自分が思うように相手にも思われたままでいたい。
自分が悲しみ、傷ついているように、勝手な思い込みでも相手もそうである位
自分を思っていて欲しい。
自分が真剣であればあるほど、相手にだってそうあって欲しいと思うのは当然だろう。
が、それでは駄目なのだ、自分たちは。
なら、なるべく傷つかずに済む先を願うくらい許してくれてもいいじゃないか。

雷鳴が近付いてきたのか、音は段々と大きくなる。
雷の供のように、雨脚は更に強さを増しているようで、窓ガラスの悲鳴が高くなっている。

がそんな事よりも、エドワードの精神は目の前にゆっくりと近付いてくる相手にだけに
絞られている。
全く表情を作っていないこの男の顔が、これほど整っているとは知らなかった。
そして語ることの出来ない瞳が、これほど雄弁だとは。
ロイは一言も発せず、一筋も表情を変えずにエドワードの傍までやってくると、
座ったまま硬直しているエドワードの肩の後ろの背もたれに片手を付く。
「私を貶めれば、少しは自分の辛さが紛れるのか?
 なら、貶められた私の気持ちはどうなる?
 
 生憎と、この気持ちは真剣でね。
 君の期待通りにはなりそうもない」
そこまで告げると、ロイはすっと屈んでエドワードの顔の傍まで自分の顔を近づけてから。
「さて、君はどう償ってくれる気だ、この私の気持ちを侮辱した代償は?」
と、悪魔のような冷え切った囁きを告げてくる。
ロイの本気の刃を向けられて、エドワードは小さく震え出す身体を止められなくなる。
ロイはそんなエドワードを、酷薄な笑みと共にじっと見つめている。
何とか言葉を返そうとするエドワードの唇を読めば、できない、と繰り返し呟いている。
「鋼の。老いらくの恋と言う言葉を知っているか。
 老いての恋は、なりふり構わずと言われている。
 さすがにそこまで愚かにはなりきれはしないが、君の言う
 一時の気の迷い位は出来そうな気持ちだよ、今は」
そう言い切ると、エドワードの腕を掴んで強引に立ち上がらせる。
急なロイの行動を止める声も上げられないままに、引っ張られていく先を察して、
足が硬直する。
「どうした? 忘れられたくはないのだろ?
 君がそうであるように、私だって君の最初の男になって
 忘れられないようにしたいと思う位の願望は持っているとも」
さあと腕を引かれ、数歩よろめくように足が前に出る。
「嫌なら振り解いて逃げたまえ。
 別段それを追いかけてまで、君を犯そうと思っているわけじゃないからな」
確かにロイは腕を掴んではいるが、エドワードなら振り解く事は可能な力だ。
そう、この状態でロイが望んでる展開に持っていかれても、それは合意の上と
判断されるだろう。
そして、ロイはそうである事を願っているのだ。
エドワードも、望んでのコトとして。

弱くなった抵抗は、直ぐに二人を扉の前にと進ませる。
ガチャリと開けられた扉の中は、深遠だった、少なくともエドワードの今の心境では。
そこは何の変哲もない、ただの司令官用の併設されている仮眠室だ。
無言で連れられて入るエドワードの身体に腕を回しながら、
ロイは哀しげな声音で告げる。
「さぁ、最初で最後の供宴をしようじゃないか。
 互いに忘れられない宴にね」

そして扉はパタリと閉められ、鍵がかけられる。
この扉が開いたのは、翌日の朝になってからの事になる。




(あとがき)
新シリーズを始めてみました。
妙にシリアスなスタートですが、これからもシリアスな展開で進みそうです。
鬱憤が溜まれば、オフ本か拍手御礼分ではしゃいだ内容を書くかも知れませんね。
サブタイトルがやたらと長いのですが、思いつく限り書いていってみようと思ってます。
ねた切れたら、本タイトルのみで進ませて貰います~。
まぁ、ぼちぼち気長に頑張りますので、応援してやって下さいませ。m(__)m
                        by ラジ



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